ヨガとスポーツとの違い(所沢小手指のヨガ教室「こてさし ヨガの家」)

こてさし ヨガの家インストラクターの奈良井綾子は日本スポーツ協会公認のスポーツプログラマーです。 

 

私が思うに、ヨガとスポーツの違いは少なくなってきています。

 いきなりタイトルに沿わない結論ですみません。ただ、私がヨガインストラクターになりたての頃(2006年)、ヨガとスポーツは明らかに異なる物だと教わりました。翌年の2007年にYIC(インド中央政府公認ヨーガ教師養成講座)でも「単なるスポーツでなく…」という様に教わりました。

何故、ヨガとスポーツが別物として扱われるかと言うと、ヨガには「霊的(宗教的)」な側面が有るからでしょう。「宗教的」と言うと、信者が特定の人物を師と仰ぎ、捧げものをするという様なイメージが強いかもしれませんが、一概にそうとは言えません。自分の存在が様々な恩恵(想像が及ばない様な)によって成り立っていると言う考えを持って生きているかどうかで決まるものだと私は考えています。※当店は特定の宗教団体との関りは有りません。

 その様な「霊的(宗教的)」状態までではないにしても、スポーツでもそういった面が見られます。例えば「勝って奢らず、負けて悔まず」の精神や、「フェアプレイ」の精神は昔から進められていますし、年々大きく取り上げられる様になってきていますね。プロ選手も記録を更新したり入賞したりすると「ここまで育ててくれた○○に感謝します。」等とコメントしていますよね。そして、スポーツ指導者はプレイヤー(競技者)をコントロールする立場ではなく、プレイヤー自身の目標に向かって共に進むパートナーという考えが有ります。

 また、私が日本体育協会認定のスポーツプログラマー養成講習を受けた時(2011年)に、聞いて印象強かったのは、「スポーツをした経験が無い」という発言は日本ぐらいでしか成立しないという事です。これは、実際に日本でのスポーツ経験者の割合が諸外国と比べて極端に少ないという訳では有りません。多くの日本人が、「スポーツ経験」と言えば部活動は運動系だったとか、大会に出場した事が有るとか、少年団に入っていたとかをイメージするのに対して、外国ではボードゲームなどもスポーツと認識しているそうなのです。ゲーム性が有って、心身を喜ばせ、成長させるものはどんな種目であれ「スポーツ」なのです。ですので、「スポーツ経験が無い」と言うと遊んだことが無いと思われてもおかしくない位、エキセントリックなイメージだそうです。

 「ゲーム性がある」という所で、ヨガサイドからは「ヨガは他人と比べない事が前提だからやはりスポーツとは違う」と聞こえそうですが、ヨガでも「自分の殻を破る」とか「真実の自分に気づく」、つまり「弱い自分の克服」を目指せる事や、上記したスポーツの「フェアプレイ」や「勝って奢らず負けて悔まず」の精神が「ゲーム性≠他人を負かす」という事を表しているのでは無いでしょうか?

 私がヨガインストラクターになってからこれまでの間に感じたのは、多かれ少なかれ、どの分野でも「他より優れている」とか、「本家本元」をアピールしたがる節が有るなと(;’∀’)ヨガの世界なんて正に。次々に新しい「○○ヨガ」が開発され、その一方で「由緒正しい」を押しているところも有ります。私自身、自分が指示する流派が一番と横柄になった時期が有りますし、自分で教室を持っていると尚の事、こちらを向いて欲しいが故の言動も有ります。

 それでも調和や融合によって新しい道が開けるのだと思うのです。

 

引用元ヨガとスポーツとの違い(所沢小手指のヨガ教室「こてさし ヨガの家」)



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